- 2022.03.04
- 庄内一の“美酒温泉街”計画
- いま湯田川は、庄内一「日本酒が美味しい温泉街」として変化を遂げようとしている。 数年前からこの実現のため、宿の社長や女将らで行う日本酒勉強会の実施に取り組んでいるのが、つかさや旅館主人の 庄司丈彦さんだ。 庄司さんが日本酒に着目したのは、山形で“土地の酒”と言えば、ビールや焼酎などではなく “日本酒”であることから、他所から訪れる温泉客らに土地のものとして提供するには、日本酒が欠かせないと考えたことがはじまりだ。 宿側のオペレーションで飲料メニューは組まれがちだが、料理だけではなく日本酒で感動する瞬間を作りたい、湯田川のように小さな宿が多いからこそできると、働きかけている。 そうは言っても、日本酒はお客さんの好みもあれば酒の個性も様々で、更には料理も引き立てなければならず、そう簡単なことではない。 この日、地酒を使った燗酒の勉強会を開くというので興味が沸き、参加させていただいた。 集まった顔ぶれの7割が、なんと女将さんや仲居さん。 女性がメインということに「おっ、これは勉強会と称した旦那衆の飲み会ではなく、本気の勉強会だな」と、実は心の中で驚き、頼もしく感じた。 講師は新潟県からお招きした松本英資氏。 この方は2014年に廃業した「美の川酒造」の元社長で、現在は日本酒浪人として広く日本酒の魅力を布教している人気講師だ。 勉強会の中身はさておき、酒を囲んだ女性たちの姿勢は真剣そのもの。 やはりお客さんの多くは地酒を楽しみ訪れる方が多く、それぞれの宿でもここ数年、地酒の提供に力を入れているとのこと。 “日本酒”の表記を“地酒”に変えただけでもお客様の興味の反応が変わったと話す。 さて、地酒とは。 山形県内には51もの酒蔵があり、そのうちの18酒蔵がここ庄内にある。 秋田県境から新潟県境まで日本海沿岸に沿って広がる庄内地方は、鳥海山をはじめ月山や金峰山などの山々の恩恵により、肥沃な大地と豊かな水で“庄内米”の産地として有名だが、当然日本酒造りにも秀でている。 その山とそこから湧き出る水の個性だけでも庄内の酒はバラエティに富んでおり、まさにテロワールと言って良いだろう。 そこへ、海に山に里にととれる四季折々の食材を、手を掛け仕立てた料理の1品1品と掛け合わせたら、この上ない幸せだ。 講習が進むほどに女性たちの会話も弾む。 「秋田の方と福島の方では、好むお酒が違うよね。」 「お勧めをください、と言われると悩むのよ。」 「自分のとこの料理の味には、どんなお酒をお勧めすればよいのか…。」 「ぬる燗、熱燗、お客様が望むその違いが、今日の勉強会でやっとわかった。」 その一つ一つに、皆が頷く。 この日の勉強会で出された料理は、隼人旅館さんの寒ダラをメインに使用した郷土料理。 寒ダラは真冬の庄内のごちそうであり、寒ダラ汁はソールフードだ。 タラの昆布締めにタラと鱈子の煮物、寒ダラ汁。 あさつきの酢味噌和えや胡麻豆腐の餡かけと、どれもこれも庄内ならではの味覚であり、しかし、それらが「どうだ!」とばかりに出てくるのではなく、とても奥ゆかしく、それがまた何とも心地よい。 最近は食事なしの宿泊プランも多いが、こんな手づくりの郷土料理をいただきながら、地酒に舌鼓を打てれば、旅に来た甲斐があるというものだ。 いつか湯田川の温泉湯で芽出しした米で湯田川温泉独自の日本酒を作りたいと、庄司さんは言う。 米も魚も野菜も酒も、煮炊きする水もすべての水は繋がっているから、土地の料理には土地の酒が合う。 日本酒は難しい。 それでもこうして着実に、湯田川は庄内一“美味しい地酒が吞める温泉街”へと突き進んでいる。
- 2022.02.03
- 旅と旅情
- 開湯1300年と歴史の深い湯田川温泉は、古くは湯治場として2月から3月にかけて、多くのお客様がお出でになっていたそうな。 つかさや旅館の女将さんが嫁いできた40年ほど前も、まだ湯治文化は健在で、この季節は常時満室、20~30名程のお客様が泊まっていたそうだ。 毎年同じ湯治客らで賑わい、そうこうするうちにお客さん同士も仲良くなって、「また来年!」と言って帰ってゆく、そんな人と湯の温もりと活気に満ちた真冬の湯田川温泉が目に浮かぶ。 湯治の心得では7日間の逗留を一廻りとし、江戸中期の文献には二廻り(14日間)の逗留が良いとも記されている。 そのため、大抵のお客様は二廻り同じ宿に宿泊し、15日目にお帰りになるのだとお聞きした。 そうなると、食いしん坊の私が気になるのは食事事情! そうでなくても真冬は1年で最も食材の少ない季節。 日本海は連日大時化が続く。 にも関わらず、大勢のお客様を相手に朝に夕に食事を出すのは至難の業だ。 「当時は冷凍などの保存技術も今ほど発達してなかったからね。 山菜の塩漬けやぜんまいなどを乾燥させたもの、キノコの塩蔵もの、そうやって採れる時期に保存させたものを使ってね。 滞在中は同じ料理を出さないように、1つの食材でも酢の物にしたり、お浸しにしたり、和え物にしたり。 秋になると大根を何本も漬けてたくあん漬けを作ったり、秋鮭の粕漬けも一冬分漬け込んだりしていたよ」 と、女将さんが懐かしそうに語ってくれた。 湯田川名物の孟宗筍も、今では缶詰で保存できるが、当時は塩もみをして干して、また塩もみして…を繰り返して保存したものを、使う時には塩抜きをして油炒めなどに使っていたのだそうだ。 わらびの色出しから塩蔵の塩抜きなどは、先代の女将さんの教えで受け継いだ技。 秋鮭の粕漬けは、粕と砂糖と塩だけと至ってシンプルな味付けながら、ギュッと味の濃縮した、白いご飯もお酒も進む冬の「つかさや旅館」定番の味だ。 「あとは木賃(きちん)湯治と言って、お客さんが卵やら米やらを持ってきて、『茶碗蒸しにしてくれ』と言われれば茶碗蒸しにして、由良の魚の行商から魚を買って、『刺身にして』と言われれば、そのように調理してあげたりね。」 と、今は制度上見ることは出来なくなったが、湯治ならではの面白い食文化も聞かせてくれた。 なんと驚いたことに、はじめの2~3日は朝昼晩と昼食の賄いもしており、これが4~5日目となってくると、段々とお湯が効いてきて、あちこち痛くなってくるから食欲も減退し、そこを越えるとスッキリとしてお帰りになるのだそうだ。 お正月も、旅館業は繁忙期。宿で年を越すお客様も多くいらっしゃる。 クリスマスが過ぎると、お正月のご馳走づくりに女将さんは大忙しだ。 ≪つかさや旅館の正月ごっつぉ≫ ・はりはり大根 ・お煮しめ ・きんぴらごぼう ・昆布巻き ・ぜんまいの炒りもの ・煮豆 ・栗きんとん ・数の子 ・納豆汁 ・お雑煮 ある朝、若い女の子たちのグループが「わぁ、懐かし~‼」と朝食を食べる風景に遭遇し、なんとも心嬉しくなったという。 「郷土料理を受け継ぎ守っていくのも旅館の役割。」と晴れやかに言い切るつかさや旅館の女将さんの横で、「お母さんの料理は全部おいしい!」と話すのは埼玉から嫁いで10年になる若女将。 嫁いだ当初は全てが馴染みのない新しい料理だったというが、舌で覚えた“山形の味”は、着実に次の世代へと受け継がれている。 保存技術も流通も、凄まじい速度で時代は変われど、湯田川の宿屋の食事は、何か懐かしさを掻き立てられ、冬にこそ旅情を誘われる温もりがある。
- 2021.11.30
- 旅のしおり<昼食編>
- 湯田川温泉でふらり写真を撮りながら散歩していると、『この辺りでランチをするならどこがお勧めですか?』と声を掛けられた。せっかくならこの土地ならではの食事がしたいと地元の人に聞いていたそうだ。確かに、現在、湯田川温泉にはお昼を食べることの出来るようなカフェやお食事処がないので、チェックアウトの後、どこへ向かうべきか悩む方も多いだろう。そこで今回は、鶴岡市内でランチに是非訪れていただきたいスポットを目的別に紹介していく。 【贅沢な時を過ごしたいなら】 アル・ケッチャーノ 食の都 庄内の食材を最大限に生かしたイタリアン。奥田政行シェフが、自ら庄内に暮らす生産者のもとを訪ね歩き、食材の持ち味を最大限に引き立てる料理を生み出してきた『アル・ケッチャーノ』。在来野菜の多い庄内地域で、地産地消の最高峰に出会う。我こそは美食家という方に、是非訪れていただきたい。 〒997-0341 山形県鶴岡市下山添一里塚83 0235-78-7230 http://www.alchecciano.com 蔵屋敷LUNA 見た目にも美しい和食のランチをお膳で楽しめるお店。お米、魚介、お肉、野菜、あらゆる食材にこだわりを持ち地元庄内の食材で提供していて、江戸時代の酒蔵を改装した店内は、庄内の歴史と文化を感じさせてくれる。落ち着いた空間でゆっくりと食事を楽しみたい方にぴったりなお店。 〒997-0027 山形県鶴岡市昭和町12−23 0235-22-1223 https://www.web-luna.com 【畑の味を楽しみたいなら】 知憩軒 『知憩軒』では、地元の方々が食べてきた郷土料理を食すことが出来る。そのスタイルは一汁三菜に保存食とシンプル。そのシンプルで温かみのあるお料理とここにしかない空間を求めて全国から多くの人が訪れる。使用する野菜は全てその時の旬のもの。無農薬にこだわっているので誰でも安心して食べることが出来る。鶴岡の地域に根付いた田舎料理でほっとする時間を。 〒997-0332 山形県鶴岡市西荒屋宮の根91 0235-57-2130 やさいの荘の家庭料理 菜ぁ 鶴岡市のある農家レストラン。ここでは、畑で育てた旬のお野菜を楽しむことが出来る。有機野菜、無農薬野菜にこだわった安心で美味しい新鮮なお野菜を主役としたお料理がメイン。毎日でも食べたい体に優しい家庭料理。お野菜だけでなく、お米の美味しさにも注目。特別栽培米の玄米はひと味違う味わいで、長閑な田園風景を眺めながら食す贅沢なひとときを。 〒997-0006 山形県鶴岡市福田甲41 0235-25-8694 https://www.e-naa.com 【精進料理を食べるなら】 羽黒山参籠所 斎館 羽黒山山頂にある『斎館』では、月山でとれる天然の山菜やキノコを用いた精進料理を食べることが出来る。庄内の風土と羽黒山伏の文化が漂う品々。羽黒山を訪れる際には、是非味わって頂きたい。その美味しさはもちろんのこと、貴重な体験になること間違いなし。精進料理はお肉を使用しないのでヴィーガンの方にもお勧め出来る。 〒997-0211 山形県鶴岡市羽黒町手向羽黒山33 0235-62-2357 https://hagurokanko.jp/facility/hagurosansanrousyosaikan/ 【海の幸を楽しみたいなら】 廻る金太郎寿し 鶴岡市内に2店舗を構える回転寿しの『金太郎寿し』。地元庄内浜で水揚げされた鮮魚をリーズナブルな価格で楽しめると評判で、地元でも大人気。小上がりの座敷もあるのでお子様連れでも安心して利用できる。シャリには庄内産の「ササニシキ」を使用している。新鮮な日本海の幸と庄内のお米を存分に楽しめる。 <新斎店> 〒997-0045 山形県鶴岡市西新斎町1−8 0235-25-4441 <城南店> 〒997-0814 山形県鶴岡市城南町6−51 0235-23-4483 魚匠ダイニング 沖海月 加茂水族館の中にある『魚匠ダイニング 沖海月』はハモやフグなど、クオリティの高い食材を使用した料理を比較的低価格で楽しむことが出来ると人気のお食事処だ。クラゲラーメンやクラゲタピオカなど、加茂水族館ならではのメニューも充実している。加茂水族館に訪れるなら、是非『沖海月』にも立ち寄ることをお勧めする。 〒997-1206 山形県鶴岡市今泉大久保657−1 鶴岡市立加茂水族館内 0235-33-3036 https://kamo-kurage.jp/restaurant/ 今回、紹介したお店は鶴岡市内にあるお勧めの飲食店のほんの一部だ。ユネスコ食文化創造都市にも認定された鶴岡は食の宝庫で、美味しい食材が沢山あり、飲食店のレベルも高いように感じる。食事は旅先での醍醐味。そのひとつひとつが良い思い出になるよう願っている。
- 2021.11.28
- 焼とり ひで
- 『焼とり ひで』は湯田川温泉にある唯一の居酒屋であり、およそ70年もの歴史を持つ名店だ。昔懐かしい雰囲気の店内で、陽気な店主とのお喋りを楽しむ。そんな時を過ごすのもまた旅の醍醐味。湯田川温泉に連泊するなら一晩はふらりと出かけてみるのも楽しいだろう。 まずはビールで乾杯。趣のある店内にKIRINの瓶ビールが似合う。メニューは豚のホルモンなど焼きトンが中心だ。遠方から訪れた方は驚くかもしれないが、庄内では焼きとんのことを焼きとりという文化がある。メニューには、つくね、タン、ハラミなど親しみ深いものから、ヘラ、テッポウなど通好みの部位まで幅広く用意されている本格派。 大ぶりのお肉は柔らかくてジューシーで、そのレベルの高さはひと口食べてすぐにわかる。それでいて観光地とは思えないリーズナブルな価格設定。地元にはたくさんのファンがいる人気店で、焼き鳥の味は鶴岡市で一二を争うほどだと評判だ。仕事を終えた湯田川の宿のご主人とばったり、なんてこともあるかもしれない。ふっくらとして柔らかいつくねはタレも塩も捨てがたい。 昭和27年に湯田川地区でリヤカーに焼きとりを並べ販売したのが『焼とり ひで』の始まり。現在の場所に店舗を構えてからしばらくは、『焼き鳥ひろみ』と『BAR Hide』の2店舗で営業されていたという。貴重な当時のマッチを見せていただく。現在の店主、秀人さんは以前バーテンダーであったというから驚きだ。 焼きとりと庄内の日本酒で至福の時間。厚揚げやししゃもなどの居酒屋メニューが充実しているのも嬉しい。温泉に浸かった後の身体はぽかぽかとして、いつもよりなんだかいい気分に。すこし飲み過ぎたとしても、宿までは歩いてすぐに帰れる距離だから気持ちが緩んでリラックスモード。 カウンターには店主とのお話しを楽しむ人、テレビを見ながらひとりで味わう人、若いカップルの姿も。お座敷もあるので家族連れでも安心だ。隠れた名物のジャガピざは子供達にも大人気。おにぎりや麦きりも締めに欠かせない。(麦きりとは庄内の人が好んで食べる細くて平たいうどんのことで、さっぱりして締めにもぴったりなので是非試して頂きたい。) 満たされた気分で温泉街に出ると、暖かく光る提灯が見送ってくれた。『焼とり ひで』で過ごす夜。これもまた最高な湯田川温泉の過ごし方のひとつだ。
- 2021.11.07
- 大山 出羽ノ雪の酒造り
- 湯田川温泉から車で10分程の距離にある鶴岡市大山地区では、江戸時代から酒作りが盛んに行われ、幾つもの酒造が軒を連ねていました。現代ではその数は減ってしまったものの、大山地区には庄内を代表する酒造が点在し、蔵人たちは日本酒文化を脈々と繋いでいます。月山・朝日山系の山々から流れる清らかな水と庄内平野の良質米に恵まれた美味しい日本酒。その酒造りの現場を訪れました。 株式会社 渡會本店 大山の土地で、400年余の間、継承された出羽ノ雪の酒業。今、そこに若いセンスと情熱が加わり「温故知新・不易流行」をキーワードに、召し上がる方々すべてに「より深い感銘」を与える酒づくりを目指している。 日本酒の仕込みが始まる11月。朝8時の訪問時には既に窯に火が入り、驚くほど大きなせいろで酒米が蒸されています。一見、炊いているのかと思いきや、この工程では、お米のでんぷんを生の状態から発酵が起こりやすい状態に変化させているそうです。炊いたお米は粘りが出ますが、蒸したお米は表面が硬く、中だけが柔らかくなるため粒同士がくっつきにくく、お米に沢山の水分を吸わせることが出来るという理由があるといいます。 この日蒸していた酒米は、『出羽燦々』『出羽きらり』『改良信交』の三品種。こうすることで発酵しやすい状態になるばかりではなく、高温でお米が消毒されます。天井まで蒸気が満ちている室内。気温の低い真冬にはもっと真っ白になるんだとか。どんなに寒くても蒸気は高温で汗をかきながらの作業。お酒造りには、タイミングや計量など繊細な作業と、豪快さを必要とする体力仕事のどちらも必要なんですね。 蒸米は布の上に広げ、熱い酒米をなんと素手で一定の温度まで冷ましていきます。酒米は磨かれ、丸くて小さな粒であることが分かります。普段食しているごはん用のお米と比べると随分小さく、贅沢に削って使用されているのです。一口頂いてみると、これは確かに外が硬く中は柔らかいはじめての食感。この後、室(むろ)と呼ばれる部屋で麹造りが行われ、酛摺り、添え仕込み、本仕込みへと進んでいきます。 長い工程を経てようやく、酒絞りが行われ新酒を味わうことが出来るのです。いつも何気なく飲んでいる日本酒もこのような長い工程を経て造られていると思うとその有り難みが増しますね。室(むろ)を見学させて頂いた際には、麹の香りでなんだかほろ酔い気分に。普段なかなか足を踏み入れることのない酒造を見学させて頂き、お酒作りの原点に触れることが出来ました。 国内有数の米どころ、庄内平野。日本酒好きなら訪れる価値のあるスポットだと言えます。酒造に併設された『出羽ノ雪 酒造資料館』では一般の方も入場料100円で資料館を見学出来る他、直売所を併設しているので、是非訪れてみてはいかがでしょうか。(新型コロナウイルスの影響で変更になる場合があります。訪問の際には、予めお問い合わせください。) ◯information 出羽ノ雪 酒造資料館 開館時間:8:45〜16:30 山形県鶴岡市大山二丁目2番8号 0235-33-3262